【獣医師執筆】動物病院の検査でわかること 第一回 : 尿検査
ご自宅等で飼われている動物たちを病院に連れて行くと、ほとんどの場合で何らかの検査を受けることになります。
動物たちは自分の言葉で症状を説明できないため、治療や診断には検査が必要なのです。
見た目も、食べるものも、行動も人間と全く違う動物たち。
そんな動物たちについて行われる検査では、一体何がわかるのでしょうか。
ヒトと同じなのでしょうか、それとも違うものなのでしょうか。
このシリーズでは、動物病院における検査について、お話しさせていただきます。
おしっこで何がわかるの?
第1回は「尿検査」について、です
尿検査、って何?
尿検査といえば、人間では健康診断なども行うごくごくありふれた検査ですね。
では「尿」を検査する……つまり、おしっこを検査すると一体何がわかるのでしょうか
私たちが普段、なにげなく出している「尿」ですが、「尿」ってそもそも、何なんでしょうか。
「尿」で辞書を引いてみると「腎臓で作られる体内の老廃物や不要物を溶かした液体」とあります。
体はこの「尿」を作り出し、体外に排出することで体内の老廃物や不要物を体外へと捨てているのです。
● じゃあ、腎臓って何? なにをするところ?
「腎臓」と言うのは体内にある臓器の一種で、哺乳類であればお腹のなか、左右の腰、背中側にひとつずつあります。
人間・イヌ・ネコなどでは豆のような形で、牛では切れ込みが入っているなど動物によって形に違いがあるのですが、機能はにほとんど違いはありません。
動物が生命活動をすると全身で様々な化学反応がおきますが、その過程ではどうしても「ゴミ」いわゆる「老廃物」などが出てきてしまい、それらを適切に体外に捨てる必要があります。その他にも、食事などの日々の生活から摂取してしまった有害物質等の不要物もなんらかの形で捨てなければなりません。
腎臓を持つ動物は皆、身体中を巡っている血液をその循環経路の中で腎臓に送り、腎臓の中にある「糸球体」と呼ばれる微細な毛細血管組織に通します。その腎臓の中にある「糸球体」という器官を通ることで血液は血中に溶け込んでいる不要物を血管外に追い出すことができるのです。この時に漉し(こし)出された液体が「原尿」と呼ばれる、尿の原液になります(といっても、これから濃縮されていくのですが)。腎臓の1日の血液通過量は人間で150ℓほど、ドラム缶一本程度と膨大な量となります。
腎臓には尿を濃縮する働きがあり、これによって体内に必要な水分が保たれるようになっています。猫は砂漠が原産なため、正常であればとても高い尿の濃縮能力を持ち、尿として捨ててしまう水分量を大幅に減らすことに成功しています。
● ここまでのまとめ
・ 腎臓が尿を作っている。
・ 腎臓で全身の血液から不要物が取り出される。
・ 尿は腎臓で濃縮してから排出される。
尿を検査すれば、これらの機能が正しく動いているか知ることができます。
じゃあ、尿検査って腎臓の検査なの?
尿検査でわかることは腎臓の機能だけではありません。
尿は腎臓で作られてから「尿管」と呼ばれる管を通り、「膀胱」という袋状の臓器に貯められてから「尿道」という管を通って排泄されます。この経路を「尿路系」と呼びますが、ここに異常があったときにも尿検査の成績に現れます。
また、尿は全身の血液から作られるため、血液に異常があれば尿へも影響を与え、検査結果に反映されるものもあります。
ただし、尿の検査だけで全ての腎臓・膀胱などの尿路や血液の異常がわかるわけではありません。
身体になんらかの異常があっても尿には影響を及ぼさないようなものもあるためです。
それでは、実際の検査をみていきましょう。
尿を検査するって、何を見るの?
まずは「性状検査」から始めます。
尿検査をするときには、まず「性状検査」を行います。
言葉は難しそうですが、シンプルに「どんな状態か」を見ていく検査です。
一番最初は物理的性状検査
はじめに、尿の色、濁っているかどうか、匂いなどを検査者の五感を使ってのチェックを行います。
この時の項目には以下の様なものが挙げられます。
▶︎ 色調
健康診断などで尿の検査に用いられているコップが白いのは色を見るためです。
正常尿は薄い黄色から黄色くらいですが、血液が混じると真っ赤になりますし、茶色や緑色、白色の尿が出たりすることもあります。これらの色からも何が起こっているのかの推測が可能となります。
▶︎ 混濁度
人間の病院で使われているの尿検査用のコップの底には◎などの模様がついています。
これは濁っている程度、つまり「混濁度」を見るためです。
コップに一定量の尿を入れたときに模様の線がどれくらいはっきり見えるかを参考にして判定しているのです。
▶︎ におい
実際に検査者が嗅いで確かめます。
細菌感染であればは悪臭がすることがありますし、甘酸っぱい匂いや刺激臭、人の疾患では病気によってはメープルシロップの匂い、ネズミの臭いなどがすることもあるようです。
▶︎ その他
「泡が立って消えない」などの性状も重要です。
泡が立つのは表面張力が上がっているサイン。尿中の蛋白質が増えているかもしれません。
▶︎ 尿比重
次に、「尿比重」を計測します。
ここからは道具を使った検査になります。尿比重検査は尿が水に比べてどれだけ重いかを測る検査で、尿の濃さ、つまり濃縮度を調べる検査となります。
比重が十分に高ければ通常は問題ないのですが、低くなっているなら尿の濃縮ができなくなっている可能性があります。
尿比重検査には早朝尿(朝一番のおしっこ)が一番適していると言われています。
寝ている間は水を飲めないので最大限に濃縮されているためです。
人間の健康診断で早朝尿を採ることになっていたり、夜間の飲水を制限したりするのはこのためなのです。
次は化学的に性状検査をしていきます。
化学的に性状を検査していくことを「化学的性状検査」といい、通常は「尿試験紙検査」を行います。
検査はとても簡単で、妊娠検査薬などと同様に尿試験紙に尿をかけるだけです。
尿試験紙とはプラスチック製の薄い板に試薬を含ませて乾燥させた紙片がいくつか貼り付けられているもので、尿をかけると試薬が溶け出して反応する様になっています。”タンパクが出ていますねぇ” などと言われるのはこの検査の結果となります。
尿試験紙を用いた一般的な検査でわかることは以下の様なものです。
▶︎ 尿のPh:尿の中に結晶が出てきた時などに重要。
▶︎ 尿タンパク:腎臓の糸球体が壊れると本来血管内から出てこられないタンパク質の様な大きな分子も尿へ漏れ出てきます。
▶︎ 尿糖:血中に糖が多くなりすぎると処理が追いつかず尿中にのこってしまいます。
▶︎ ケトン体:糖尿病などで、血中の糖がうまく利用できないと出てきます。
▶︎ 潜血:尿路に出血があると尿中に血液の反応が出ます。それ以外にも血液が血管内で壊れたり(溶血)、筋肉に損傷があるときにもこの試薬が反応します。
▶︎ ビリルビン:肝臓から分泌される胆汁の成分で、赤血球の成分から作られます。黄疸の原因となる物質で、肝臓・胆嚢や胆管の異常や溶血性疾患でも反応します。
▶︎ ウロビリノーゲン:肝臓・胆嚢や胆管の疾患で異常な値を示します。しかし、犬や猫では診断に有用ではないことがわかっています。
性状検査が終わったら「沈渣」をみます。
「尿沈渣」とは尿を遠心分離したときに試験管の底に沈む成分のことです。
「遠心分離」とは遠心力を使って分離をすることで、検体の入った容器を1分間に1500回転などの高速で回すことによって、尿の中に入っている重かったり大きかったりする成分を集めるための方法です。
この「尿沈渣」を顕微鏡で観察することで尿の中に結晶や、細胞や血球(血液の細胞成分)の有無を調べます。
これらは少量のことが多いため、少しでも確実な検査をするために遠心分離をして発見しやすくするのです。
この沈渣の中には以下のようなものが観察されることがあります
▶︎ 赤血球:尿路系で出血している時は血球の形で見えることが多い。出血の原因は、結石や炎症、外傷、腫瘍などが多い。
▶︎ 白血球:尿路に炎症があるときに検出される。生殖器からの混入もある。
▶︎ 細胞:正常でも多少は検出されるが、多い時は腫瘍を疑う。
▶︎ 結晶:「尿石症」の時に検出される。種類はいくつかあり、それぞれ特徴的な形をしている。結晶だけでも膀胱に炎症が起きてしまうことがあるが、たくさん集まって固まってしまうと結石になる。
▶︎ 尿円柱:尿管の中の成分が固まって出てきたもの。正常でも少量は観察されるが、多いと腎不全を疑う。
▶︎ 微生物:感染症があるときは菌類が観察される。
正常な尿であればこれらの成分はあってもごく微量なのです。
しかし、多く見られる、継続的に見られる、新鮮な尿でも見られるようなときにはなんらかの異常があると考えられます。
● ここまでみて、一般的な尿検査は終了です。
ずいぶんたくさんの項目が検査できました。
尿は体に傷をつけずに簡単に手に入ります。
それなのに、これだけ多くの情報が得られるので人間の領域では盛んに使われているのです。
しかし、動物には「おしっこしてくださいね」などと言っても伝わらないため、どうしても「いつでも手軽に採れる」という尿の最大のメリットがありません。そのため、気軽にできる検査、というよりはきちんとした目的を持って検査することが多くなっています。
特に猫では尿の採取に手間がかかる場合が多く、どうしても自然には採れない場合は膀胱までカテーテルを挿入したり、体の外側から針を刺したり(膀胱穿刺といいます)して採尿をすることもあります。
また、無菌的に尿を取る必要があるとき、どうしても膀胱だけから尿を採取したい時などにもカテーテルでの採尿や膀胱穿刺での採尿を行うことがあります。
他にも尿検査でわかるものってあるの?
記事の最初の方で尿には老廃物や不要物が溶け込んでいると書きましたが、その「不要物」の中には「薬剤」や「摂取物の中に入っていた成分」も含まれます。
例えば尿から薬剤の成分が検出された場合は、尿として排泄されるタイプの薬剤の使用やその摂取量などが判定できますし、食物や毒物なども同様に検査ができます。これは化学的性状検査の一種で、試験紙などが販売されているものもありますが、「高速液体クロマトグラフィー」や「質量分析」「原子吸光光度計」などを用いた高度な化学分析を行えばかなりの種類の薬剤や食品成分、毒性物質について分析することが可能です。
また、尿中に排出されるホルモンの検査も日常的に利用されています。妊娠検査薬や排卵検査薬などがそれにあたります。
まとめ
さて、「尿検査からわかること」ですが、
・ 尿は腎臓で作られて、尿路系を通って膀胱に貯蓄されてから排出される。
・ 色や匂いや濁り、泡なども重要な情報である。
・ 比重(成分の濃さ)で腎臓の能力がわかる。
・ 試験紙を用いた検査で多くの項目が手軽に判定されている(糖・タンパク・p H・潜血・ビリルビン・ケトンなど)
・ 顕微鏡で観察して尿石や細胞成分などがないかどうかを調べている。
・ ホルモンや薬物の検査もできる
ということになります。
結論として、尿を検査することで「腎臓、尿路系の異常」「肝臓・胆道系の異常」「血液の異常の一部(糖尿病など)」「薬物・毒物の有無」が発見できることがわかりました。
尿は、体の中を映し出す鏡の一種、なのです。
日常でも、自分自身や動物の尿の色や匂いに気をつけて毎回見るようにして、「普通の状態」を知っておくと病気の早期発見につながりますので、ぜひできるだけチェックしておくことをお勧めいたします。