【獣医師執筆】第6回:消化器症状の治療|ペットへの東洋医学とは?
「ペットの東洋医学とは」シリーズ「【獣医師執筆】第5回:椎間板ヘルニア治療|ペットへの東洋医学とは?」では、ペットの椎間板ヘルニアで行う鍼灸治療について詳しく解説しました。
今回は、下痢や便秘などの消化器症状において行う鍼灸治療について詳しくお話していきます。
動物の下痢について
まず、下痢について解説しましょう。
「下痢」と一言に言っても原因はさまざまあります。
現代医学とも言われている西洋医学では、その原因に合わせてお薬を飲んだり注射を打ったりして治療をしていくのが一般的です。
一方、東洋医学では原因などを考慮しつつ、その日の気温・動物の体力・強いストレスを受けていないか……など、さまざまな要素を加味して診断を立てていきます。
この「四診」と呼ばれる診察にて診断した「証」に基づいて、鍼を刺す場所であるツボを決めていくのが東洋医学の特徴です。
そのことから、同じ原因で下痢をした数匹の犬がいたとしても「証」が違うことによって、その子によって経穴の場所や刺し方が変わることもあるのですね。
また、動物の下痢は「外邪(がいじゃ)」と呼ばれる外からの細菌感染などの刺激による下痢、過食による下痢が代表的です。
どんな下痢でも鍼灸治療は有効なのですが、このような急性の下痢や体力のある動物の場合、西洋医学的な投薬で治癒する場合が多いので鍼灸治療を施すことは滅多にありません。
鍼灸治療をご希望される方で多いのは、慢性の下痢で悩んでいる動物の飼い主さんです。
そのような場合には、今までの経過などをお聞きしながらじっくりとツボを選んでいきます。
慢性の下痢をしている動物の主な「証」としては、ストレスにより気の流れが滞ることにより起こる「肝気鬱滯」、慢性病や高齢などで消化機能が低下している「脾胃虚弱」、腎機能の低下により消化器を温めることができなくなることから十分に消化器が働かなくなる「腎陽虚」などがあります。
下痢での鍼灸治療
下痢の場合、本来は「胃経」というようなお腹を通っている経絡のツボを選択するのが望ましいです。
しかし、動物病院など自宅以外の場所で仰向けになってじっとしていることは動物にとっては難しいですし、立ったままの姿勢でお腹側に鍼を刺すことも小型犬では至難の業です。
そもそも、体高の低いミニチュアダックスやウェルシュコーギー、猫・ウサギなどでは、お腹の下に獣医師の手が入りません。
では、そのような場合はどのようにして鍼灸治療を行うのでしょうか。
例えば、先ほどお話した「胃経」は顔面から始まり腹部を通り、後肢の指先で終わる経路です。
つまり、腹部の経穴を使用しなくても顔面や後肢に鍼を刺せば下痢の治療ができるというわけなのですね。
鍼はじっくりと気を補うため、長めの時間で刺すことが多く、場合によっては微弱の電流を流すこともあります。
椎間板ヘルニアなどの麻痺がある場合は強めの電気刺激を与えることがほとんどですが、下痢の場合には弱い刺激を加えることが多いです。
治療の回数も飼い主さんにとっては気になるところですよね。
慢性経過の場合は、1回では十分な効果が出ないことが多いです。
なので、ある程度の期間は通院すると思っていた方が良いかもしれませんね。
また、性格や鍼を刺している場所によっては難しいときもありますが、必要に応じて同時に皮下に点滴をすることも可能です。
このような東洋医学(中医学)と西洋医学の良いところを取り入れた治療方法は「中西結合医学」と呼ばれ、最近は獣医療でも大変注目されています。
動物の便秘について
次に動物の便秘についてお話します。
便秘は、人間では不快感などが非常に問題となっており、鍼灸治療もよく行われているように感じます。
しかし、近年までは便秘の治療に来る動物はあまり多くはありませんでした。
なぜかと言うと、ペットが下痢をすると飼い主さんはお掃除をするのが大変ですが、便秘の場合には何も出ないので困ることもないからです。
また、ご家庭によっては外で排泄するのが習慣になっているペットもいることでしょう。
そうした習慣のある子でも下痢ならば家の中での粗相もあるのですぐに気づきますが、便秘の場合はもちろん家でも排泄がないので飼い主さんは気づくことができません。
しかし、最近では動物を家族として大切に飼う方が増えてきました。
人の動物との向き合い方の変化により、便が出ないことに気づくばかりでなく「便が出なくて苦しそうだ」というような動物の微細な変化にも気づいていただけるようになったのです。
そのようなことから、ペットの便秘の鍼灸治療も少しずつ増えているのですね。
便秘をしている動物の主な「証」としては、偏食や発熱により身体の水分である津液(しんえき)が減ることにより便が出にくくなる「熱秘(ねっぴ)」、ストレスなどで気の流れが滞り、消化器の動きが悪くなる「気秘(きひ)」、体力の低下により腸の潤いや力む力が不足する「虚秘(きょひ)」、腎機能が低下し消化器を温められず腸の動きが悪くなる「冷秘(れいひ)」などがあります。
便秘での鍼灸治療
便秘の場合は腰部に鍼を刺すことが多いのですが、相反する症状である下痢の時と同じツボに鍼を刺すこともあるのです。
「どうして同じ場所に刺すの?」「逆効果では?」と不安に思われる方も多いかと思います。
ここまでじっくり読んでいただいた方はお気づきかもしれませんが、実は下痢も便秘もストレスや腎機能低下など、同じ理由から来ている場合が多くあります。
理由が同じなのでツボも同じ場所なのですが、刺し方や刺激の加え方など鍼に施す方法を少しずつ変えて治療していくので、それぞれの症状の改善が見込めるのですね。
このように東洋医学は「下痢と便秘」といったような相反する症状をそのペットのちょうど良いところに調整することを得意としています。
また、治った後に再び下痢や便秘になりにくくするために「養生」を目的とした鍼灸治療を行うことも有効ですよ。
次回も、症状別の鍼灸治療について解説をしていきます。
<校正・編集> アニてぃくる編集部・松永由美