【獣医師執筆】猫を”多頭”で飼うということ ~ 多頭飼いの注意点 ~
野生では群れを作って集団で生活をする犬とは異なり、猫は群れを作らず単独で生活をする習性があります。
おうちで人間とともに生活をするようになった現代の猫にもその習性は当てはまり、多頭での飼育にあまり向いていない動物とも言えるでしょう。
今回はそんな猫の多頭飼育における注意点を解説します。
おうちにひとりでお留守番は寂しい?
獣医師として飼い主さんとお話していると、「おうちにひとりだと寂しいのか寝ているばかりなので猫増やしました!」という方がしばしばいらっしゃいますが、寝ている原因は果たして本当に寂しかったからなのでしょうか?
猫は“寝子”とも言われるぐらい睡眠時間が長い動物で、一説には一日の半分以上もの時間を寝ることに費やします。
そんな中、同居猫が増えると気になってうまく寝られず余計なストレスを与えることにもなりかねません。
猫がおうちでひとりだと寂しいと感じているのは案外、飼い主さんだけかもしれませんね。
猫のナワバリ意識
単独行動をする猫は強いナワバリ意識を持つので、多頭飼育に向いていないと言われています。
限られたおうちの中の空間を複数の猫で共有することになるので、当然それぞれのナワバリも重なってきます。
気に入った寝床やトイレを他の猫が使ってしまうとケンカになることもあり、常にお互いを意識するのであまり休まりません。
子猫の頃から一緒に生活しているような子たちではナワバリ意識がないこともありますが、
成猫になってから急に同居することになると打ち解けないままお互いにストレスを抱えた生活する場合も多いです。
ストレスが病気の引き金になる
人間にはパーソナルスペースという概念があり、ある一定距離よりも他者が自分に近づくと不快に感じます。
例えば満員電車に乗るとこのパーソナルスペースが極端になくなるのでストレスを感じてしまいますよね。
それと全く同じで限られた居住スペースで複数頭が生活をしていると、自分の安心できるテリトリーを確保することができず猫もストレスを感じます。
飼い主さんにとっては可愛い猫たちに囲まれた生活でも、猫たちはお互いに目に見えないストレスを感じながら生活をしているかもしれません。
たかがストレスと侮るなかれ、実は数多くの病気や体調不良と関係することがわかっています。
目には見えないストレスですが、それがきっかけとなり病気につながってしまうことがあります。
ストレスが深く関係しているとされる代表的な病気には以下のようなものがあります。
・特発性膀胱炎
膀胱炎には細菌感染や結石など原因がはっきりわかっていることもありますが、猫の場合その原因がはっきりわからないことが多いです。
そういった膀胱炎を“特発性膀胱炎”といい、発生原因としてストレスが深く関わっていると考えられています。
居住環境が変わった後などに起こりやすく、コロナ禍で在宅ワークをする飼い主さんが増えたことで生活リズムが変わってしまった猫が特発性膀胱炎になる例も増えたと言われています。
・猫伝染性腹膜炎(FIP)
猫伝染性腹膜炎は現代の獣医療でも極めて致死率が高いものの1つです。
普段あまり悪さをしないネコ腸コロナウイルスが体内で致死的な炎症を引き起こすウイルスに突然変異することが原因で発症します。
多頭飼いの若齢猫での発生が圧倒的に多いので以前は多頭飼いでの猫同士で伝染していくと考えられていましたが、現在ではストレスがきっかけとなりFIPに突然変異してしまうことが原因と考えられています。
・猫風邪
猫風邪は猫伝染性鼻気管炎(FVR)とも言われ、人の風邪と同様にくしゃみ・鼻水・目ヤニなどの症状が見られます。
原因としてはヘルペスウイルス・カリシウイルス・クラミジアなどの感染が挙げられますが、根本的なところではストレスによる免疫低下がきっかけとなり発症してしまうことが多いです。
ストレスは“心”にまで負担をかける?
ストレスは病気のきっかけになるだけでなく、猫の心理状態にも大きく影響を与えてしまいます。
ストレスを強く感じると見られる異常行動を2つ紹介します。
・心因性脱毛
ストレスで禿げるのは人間だけの話ではありません。
赤みや炎症感はなく、痒そうにも見えないのに、しきりにお腹など特定の部位のみを舐めて脱毛してしまうことがあります。
これは心因性、つまりストレスなどの心理状況からついつい過剰に舐めてしまうことによるものと考えられています。
・不適切な場所での排泄
膀胱炎による膀胱の痛みや違和感からトイレ以外の場所でおしっこをしてしまうこともありますが、生活環境、特にトイレに関してのストレスがある場合にベッドや布団などいつもはしない場所におしっこをしてしまうことがあります。
こういった症状が見られるようであれば知らず知らずのうちにストレスを感じさせてしまっているかもしれません。
トイレを中心に環境の改善を考えてあげましょう。
飼い初めは気付かない多頭飼いの弊害
実は多頭飼いのおうちでは一頭一頭の健康状態を正確に把握することが難しい側面があります。
残った痕跡から誰かが吐いている、下痢をしている、血尿をしているということまではわかっても、それがどの子かわからないということがよくあります。
これぞまさに多頭飼いの弊害で体調不良や病気の発見が遅れてしまうことになるので体調管理ができない数を飼うことはやめておいた方が良いでしょう。
また頭数が多いとかかる費用も増えてきます。
「家庭どうぶつ白書」(アニコム損保)によると、猫にかける年間支出の合計は一頭あたり約16万円です。
特に医療費は高齢になるにつれて必要になり、複数の猫が高齢になり医療費がかかるようになってくると
一気に家計を圧迫し、本来してあげたい治療が費用面からできないなんてことにもなり得ます。
まとめ
たくさんの猫に囲まれる生活は幸せそのものですが、多頭飼いは猫にストレスを与えてしまうだけでなく、
病気のきっかけとなる可能性もあります。
筆者も猫3頭を飼っているので気持ちはわかるつもりですが、多くの命を飼うということは、その分だけ責任も増えるということ。
一頭一頭の健康状態を把握し必要な治療、ワクチンや去勢・避妊手術の徹底など飼い主として責任を全うできる範疇に
しておきましょう。