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【獣医師執筆】第7回:老齢動物の鍼灸治療|ペットへの東洋医学とは?

「ペットの東洋医学とは」シリーズ「【獣医師執筆】第6回:消化器症状の治療|ペットへの東洋医学とは?」では、ペットの下痢や便秘に対して行う鍼灸治療について詳しく解説しました。

連載の最終回となる今回は、「シニア期」とも呼ばれることの多い老齢動物への鍼灸治療について詳しくお話していきます。

「体調を整えること」こそ東洋医学の得意分野

ご自分のペットに鍼灸治療をしようと考えている飼い主さまの半数以上が、老齢の子を飼われている方なのではないでしょうか。
と言うのも、人間と同じで犬や猫などのペットも歳を重ねていくと共に、体にはさまざまな不調が現れます。

当院に来院される飼い主さまでも「かかりつけの病院で何種類もの薬を処方されて定期検査も受けているけれど、ペットに対してもう少し何かやってあげられることはないだろうか」とか「できれば、老齢のペットの体に負担のかからない優しい治療法が良い」と考えておられる方が多いです。

前回の記事までは椎間板ヘルニアや消化器症状のような「個別の疾患」の鍼灸治療の解説をしてきましたが、実は今回詳しく解説する「体調を整えること」こそ、東洋医学の得意とする分野なのです。

老齢のペットへの鍼治療

老齢のペットが診察にいらしたときには、まず「今抱えている病気のこと」を飼い主さまに詳しくお伺いし、その後でじっくりと「四診(ししん)」という舌や脈・臭いや皮膚の湿り気など、身体の細部を見ていく中医学的診断を行なっていきます。

そして、この診察をしながら飼い主さまの気持ちやお忙しさなどの「家庭環境」についてもできる範囲でお伺いしています。
家庭環境をお聞きすることに対して「治療とどのような関係があるの?」と疑問に思う飼い主さまも多いかもしれませんね。
しかし、家庭環境というのはペットの治療にとって、実はとても重要なことなのです。
特に「飼い主さまの気持ち」はペットの精神状態に影響を与えている場合が多く、その後の治療に反映されるケースも珍しいことではないのですよ。

四診の後には、いよいよ鍼を刺していきます。
しかし、老齢のペットは病気により痩せている場合もあり、鍼に対しても敏感な子が多いです。
そのため、鍼治療を嫌いになってしまわないように、少なめの本数から始めていくこともあります。

老齢動物に多い「腎虚」とは?

歳をとると、ほとんどの子が「腎」が衰える「腎虚(じんきょ)」という状態になります。
東洋医学で「腎」はエネルギーをためている源です。
年月が経つにつれて元々持っていたエネルギーが減っていき、また老齢による疾患で新たにエネルギーを作る機能も衰えていくので、老齢の子の多くが腎虚となるのです。

そして、その腎虚もまたいくつかの種類に分類されます。
慢性病や体液の減少などで起こる「腎陰虚(じんいんきょ)」の場合には、腰の骨の前から2番目あたりにある腎兪(じんゆ)という経穴や、膝の内側あたりにある陰陵泉(いんりょうせん)という経穴に鍼を刺します。

老化や病気による消耗から起こる「腎陽虚(じんようきょ)」は、先ほどと同じ腎兪や膝のやや下にある足三里(あしさんり)などに鍼を刺すのが一般的です。

その他にも、尿がぽたぽたと漏れたり便が漏れ出てしまったりする「腎気不固(じんきふこ)」は、腎兪の間にある命門(めいもん)や腎兪の外側にある志室(ししつ)に鍼を刺して治療します。

しかし、これまでにご紹介した症状や鍼を刺すツボは、あくまでも一例です。
同じ腎虚であっても、その子の症状やその日の状態によって違う経穴に鍼を刺すこともあります。
実際にみなさんのペットへ鍼治療を行う獣医師が今回ご紹介した箇所とは別の経穴に鍼を刺したのだとしても、間違っているわけではありませんので安心してくださいね。

老齢により異常を感じる箇所への治療

また、このほかに老齢になってくると足の痛みや力が入らないなど、関節疾患を抱えることも多いです。
そんな場合にも鍼治療は有効とされています。

関節疾患の場合にも、症状やその日の状態に合わせて経穴を選んでいきます。
しかし、動物の場合は鍼を刺すのを嫌がったり、鍼を刺したい箇所に施術者の手が入らなかったりと、刺したい経穴にうまく鍼を刺せないことも珍しくはありません。
そのようなときには、レーザー治療器や刮痧(かっさ)のような器具で経穴を刺激していきます。

その他にも、ペットへの鍼治療では全体の診察によって東洋医学的に「異常を感じた箇所」を整えていくのですが、これは「具体的な病気」の治療ではなく「身体を正常に戻していく」ことを目的とした治療となります。
こうした治療を行い、身体全体のバランスが取れた状態を「中庸(ちゅうよう)」と言います。

中庸の状態になると、食欲や元気、精神状態、睡眠などの質が改善します。
老齢ですから完全な中庸の状態にすることは難しいかもしれませんが、この状態を目指すことでペットの生活の質が向上します。

そしてもう一つ、中庸を目指すためには「養生(ようじょう)」も重要です。
鍼治療での養生は、体力や気力などが落ちないようにあらかじめ気を補う目的で鍼を刺すことを言います。
養生は短い時間の施術や少し期間が空いても大丈夫ですので、異常が感じられなくても定期的に行うことが大切です

老齢動物へのお灸

そして最後に、老齢動物へのお灸についても解説します。
動物にもお灸治療は用いられており、特に老齢で体が冷えているペットには効果が高いとも言えます

「お灸」と一言に言っても、いくつかの種類がありますので詳しくご紹介しますね。
まず、肌に直接もぐさを乗せて火をつけるオーソドックスなタイプです。
しかし、この方法は動物の場合には毛が焦げやすいことや、動いたときに皮膚に落ちる危険性が高いことからあまり用いられません。

動物にお灸を施す際には「もぐさと皮膚の間に小さな紙を挟む」という方法が一般的です。
また、直接動物の体に貼って使用する、もぐさと小さな紙が一体化したシール状タイプのものもあります。
どのタイプを使用するかは、動物の様子や症状によって決定しますが、テナントなどで火気使用に制限のある病院もありますので、気になる場合はあらかじめ動物病院に確認してみてくださいね。

この他にも、動物へのお灸でよく使用するものに「電気温灸器」という機械もあります。
これは機械の先端部分が温かくなるもので、実際に火がつくものではありません。
そのため「身体の下の部分や真横などで、もぐさを乗せられない」とか「シールタイプのものを張りつけても煙が上に昇っていくため危ない」などの心配が一切ないのが大きな特徴です。
動物が急に動いてもやけどすることもないので、多少落ち着きのない子でも安心して施術できますよ。

お灸での治療は火を消した後でも、しばらくその部分が温かくなっており効果が持続します。
そっと乗せるだけなので老齢動物にも負担が少なく、飼い主さまにも安心していただける優しい治療法です

今回まで、7回にわたり「ペットへの東洋医学」について詳しくお話しさせていただきました。
この連載記事によって「東洋医学の治療を受けてみたいけれど、どうしたらいいのかわからなかった」という飼い主さまの不安が少しでも取り除けたのなら幸いです。

長い間お読みいただき、ありがとうございました。

<校正・編集> アニてぃくる編集部・松永由美